top of page
検索

風の元素の観察

  • sapporobukkyoujuku
  • 2025年7月8日
  • 読了時間: 2分

風の元素の観察 最後は、風の元素です。まずは誰でも知っている風(かぜ)から始まるのです。風とは空気のことです。身体のなかの空気を感じて、風(vāyo)だと確認する。空気が身体に入ったり出たりするときも、風(vāyo)だと確認する。お腹が張っているときはガスが溜まっていることでしょう。風(vāyo)だと確認する。他人の身体においても、同じく確認する。揺らぐ樹の枝を観て、樹の枝を認識するのではなく、目に観えない風が枝を揺さぶっていることに気づいて、風(vāyo)だと確認する。揺らぐ炎を観ると、勝手に揺らいでいるようにみえますが、それは違います。周りの空気が揺らしているのです。その空気を認識して、風(vāyo)だと確認する。この実験をやってみると、世界中、何を観ても、風(vāyo)の元素が満ちていることを発見するのです。 少々レベルを上げてみましょう。ゴム風船を取ってください。結構硬いのです。当然、重さもあるのです。小さいのです。それから、膨らませます。バカでかく大きくなるのです。膨らむ前のゴム風船と、膨らんだゴム風船は、機能として違うものになっているのです。第一に観えるのは、大きさです。かなりの空間を取ってしまったのです。小さな箱に百枚のゴム風船でも詰められるのに、膨らませた風船なら一個も入りません。これで、風の元素の特色を発見です。地の元素に空間をつくってくれるのです。 一センチくらいのサイコロを取ってみてください。一立方センチメートルの空間を取っているのです。犯人は地の元素のなかに入り込んだ風の元素です。自分の身体の大きさを決めたのも、風の元素です。ミミズの身体は小さいですが、その身体のなかに風の元素を入れるならば、うなぎぐらいの大きさにすることもできます。空気を入れるのも一つの手段ですが、ただそれだけで素粒子のなかに風の素粒子が入り込む保証はないので、実験はうまく行かないと思います。【アルボムッレ・スマナサーラ、大念処経、株式会社サンガ2016 p107】

 
 
 

最新記事

すべて表示
自我は存在しないという発見の次に涅槃を経験したのだと分かる

自我は存在しないという発見の次に涅槃を経験したのだと分かる  それから、今現在の心を観察します。何を発見して心が涅槃に入ってしまったのか、観察します。すると、自我は存在しない、成り立たない、因縁によって一時的に起こる現象に対しての勘違いに過ぎない、という発見の次に、涅槃を経験したのだと分かるのです。要するに、「有身見」が消えたのです。修行者は、仏道が正しい道であると経験しています。ですから「疑」も

 
 
 
涅槃とはこの瞬間前に起きた経験であると観察する

涅槃とはこの瞬間前に起きた経験であると観察する  テキストでは、magga 道、phala 果、nibbāna 涅槃、根絶した煩悩、残りの煩悩を観察するのだと説明しています。この順番で観察する必要がある、というわけではありません。修行者は自分が気になる順番で観察すると思います。悟りの経験は並外れた大胆な経験です。そのときは、心さえも存在しなかったのです。修行者は、認識の流れが戻ったら、まずそれを観

 
 
 
強烈な集中力でほんの瞬間前に何が起きたのか観察する

強烈な集中力でほんの瞬間前に何が起きたのか観察する  果心が起きてから、心は有分心になります。それから普通の認識過程に戻ります。普通の認識過程といっても、五根から情報を得て混乱している心のレベルではありません。強烈な集中力で、観察能力がついている心です。その能力を活かして、観察します。ほんの瞬間前に何が起きたのか、観察するのです。 【アルボムッレ・スマナサーラ、ブッダの実践心理学第8巻、株式会社サ

 
 
 

コメント


bottom of page