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札幌仏教塾
004 幸福を求めて不幸になる
無智な生命は、刺激を受けることは楽しい、幸福なことだと勘違いをして刺激を追い求めます。けれども、刺激が欲しいというのは、わがままです。刺激が欲しければ、刺激をくれる六つの器官、眼・耳・鼻・舌・身・意に頼らなくてはいけません。刺激を受けるために、見るもの、聞くもの、食べるもの...
sapporobukkyoujuku
2023年11月4日読了時間: 1分
003 善行為と悪行為の基準
すべての生命は苦しみを嫌い、幸福を求めます。それが生命の、生きる衝動になっているのです。したがって、自分が苦になる生き方は悪であり、自分が幸福になる生き方は善です。自分の生き方が苦になる、堕落する生き方は、悪行為です。ですから学校をサボることも、仕事をサボることも悪行為です...
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2023年11月3日読了時間: 1分
002 最高の幸福とは
究極の幸福の定義とは、「終わりなき生きる戦いに終止符を打つこと、生きる苦しみがなくなることが最高の幸福である」ということです。生きることは、戦いです。それも終わりのない戦いです。その戦いの終了宣言ができたならば、「よくやった」という気分になります。それが究極的な幸福なのです...
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2023年11月2日読了時間: 1分
001 幸福感は、楽や辛さでは量れない
「幸福」とは何でしょうか? 第一に、「不満がないこと」が幸福だと言えます。ご飯を食べてもあまり満足できないのであれば、幸福だとはいえませんね。満足できれば幸福を感じるでしょう。それは、おにぎりを食べることが幸福なのか、ウナギを食べることが幸福なのかという比較の問題ではありま...
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2023年11月1日読了時間: 1分
307 亡くなるときは赤子のように
お母さんが赤ちゃんをあやすでしょう。赤ちゃんの顔を見て、自分の顔を手で隠して「いないいないばあ」とやっただけで、赤ちゃんはおもしろそうに笑いますね。いない、ということは怖いはずなのに、赤ちゃんは屈託なく笑い転げます。まさに天真爛漫という言葉がぴったり合うような赤ちゃんのあの...
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2023年10月31日読了時間: 2分
306 長生祝福できるのは仏教だけ
理性で考えれば、天国を創った人々は早く死んだほうがいいのに、なぜ、一分、一秒でもこの世に長くいたいと思うのでしょうか? それは、「死後は永遠なり」という保証がまったくないからです。しかし、仏教は、一分一秒でも長生きしなさいと明言できます。なぜでしょうか。徳を積むこと、善行為...
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2023年10月30日読了時間: 2分
305 死に対する悲しみは「エゴ」の表れ
我々が悲しいと思うのは、自分と関係がある人の死です。関係のない人の死に対しては無関心です。ですから、「死者を弔っているから、自分はよくできた人だ」と単純に考えることはできません。もし本当に「死は悲しいことだ」と思うのなら、一切の生命の死を悲しまなくてはならないはずです。しか...
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2023年10月29日読了時間: 2分
304 死ぬのは誰のせいでもないから
我々はずっとみんなに支えられて生きていますが、自分の肉体はみんながいくら助けてくれても壊れます。みんなのせいではなくて、自分が壊れるのです。お医者さんを千人集めても、家族や親戚がみんなそろっても、どうにもなりません。ですからそのときは、何の憎しみも恨みも持ってはいけません。...
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2023年10月28日読了時間: 1分
303 死という概念を頭に入れる
死というのは一番念頭に入れておかなければならない概念です。けっして避けるべきものじゃないんです。生命は瞬間瞬間にも死んでいきます。この一秒は二度と戻りません。だから、「捨てる能力」ですね、大事なのは。つかまってしまうと苦しい。なぜかといえば、つかまろうとしてもつかまれないん...
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2023年10月27日読了時間: 1分
302 常に自分が死んでいくことを観察する
我々が頭でっかちに考えている「死」は、最終的に肉体の活動を終了することです。しかし、常に自分が死んでいくということは、頑張ってみれば、ほんのちょっとの努力で体験できます。お釈迦様は瞑想という方法を教えています。それは「ありのままに観てください」ということです。ありのままに観...
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2023年10月26日読了時間: 1分
301 死随念で慈しみと理性が現れる
葬式を行なったとしましょう。遺体を見て、「この人は亡くなって死体になっている。私も確実にこのようになる。私にも死が訪れる」と念じます。このように他人の死を観て、自分の死に入れ替えてみることが死随念です。徐々に、自分の死も現実的に感じられるようになります。「私は死なないのだ」...
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2023年10月25日読了時間: 1分
300 死を念じることが、心の開発につながる
人は死を認めません。「私は死なない」という前提で、自分の人生設計をするのです。間違った前提の上に成り立つ計画は、崩れるに決まっています。人々は「幸福になりたい」と計画します。それが悩み苦しみという結果に終わるのです。この問題を解決しなくてはいけないのです。やり方は一つです。...
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2023年10月24日読了時間: 1分
299 死にそうになってからでは遅い
死にそうになって初めて、みんな死について興味を持ったりしますが、それでは遅いのです。大学に入りたいと思ったのが試験の前日なら、勉強するぞと思っても駄目でしょう?人生はそれもっと厳しいのですから、我々はずっと人生や生き方というものを勉...
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2023年10月23日読了時間: 1分
298 死ぬときに悔いなしと思える人生を
生まれてから死ぬまでのあいだ、うまくずっと面白いことをやって生きることができれば、死ぬとき、悔しくありません。死ぬときに、「ああ、けっこうやりたいことをやって生きたなあ」「もう思い残すことはない」「大丈夫だ」と、そういうふうに思えれば、死ぬときに「悔しい」とは思わないでしょ...
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2023年10月22日読了時間: 1分
297 死を悲しむのは格好が悪い
自分の子供、親が亡くなったと悲しむとき、「自分は相変わらず元気だ」という前提があるのです。自分はぴくりともしない川岸にいて、流される木の葉を哀れむような傲慢さです。しかし、そんな保証がどこにあるのでしょうか? 人間なんて、いつ死んでも不思議はありませんよ。だから、人が死んだ...
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2023年10月21日読了時間: 1分
296 臓器移植は何ら問題なし
「臓器を移植したら、その臓器の元の持ち主の心・精神の影響を受ける」などとくだらないことを言う人もいますが、それはただの妄想です。目が見えなくなれば他の人の角膜を移植して見えるようになっても構いませんし、心臓が動かなくなったら、他の人の心臓をもらって使っても構いません。日本で...
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2023年10月20日読了時間: 1分
295 ありがたいことも、ありがたくない
私たち人間は、生命は、すぐ死ぬのですから、これを助けてくれる人というのはありがたいと思い込みます。生きることを支えてくれるものは、何であろうとも「善いもの、価値あるもの」と思ってしまいます。しかし、ありがたいことがいくらあっても、ありがたくないのです。なぜなら、死ぬからです...
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2023年10月19日読了時間: 1分
294 生命誕生と輪廻
お腹の中に生命が誕生するでしょう。突然、お腹に心が現れますか? 偶然には何も現れません。いかなる現象も因果法則によって現れます。子宮に新しい命が現れることも、因果法則の結果です。死があったら、次に生です。どこかに心の死が起きて、子宮の中で心の生が現れたのです。これは仏教でい...
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2023年10月18日読了時間: 1分
293 幸せな死を迎える最大の条件
人間の一生は毎日、毎時の時間の経過です。今日は昨日とは違うし、一時間前も今とは違います。一分前、いや、一秒前でさえ今とは違うのです。人間はいつでも死ぬ可能性があります。明日になって急に死んでしまうかもしれません。ならば、悔いのない人生を送るためにはいつ死んでも大丈夫だという...
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2023年10月17日読了時間: 1分
292 死にたくないわけ
我々は「死にたくない。死ぬのが怖い」という感情を持っています。それには理屈がありません。なぜ死にたくないのですか? 「死ぬのが怖い」と言ってしまうと、死んだ経験はないのだから、合理的な理由が何も見つからないのです。自分が知っているのは、他の人が死ぬことだけです。「おじいちゃ...
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2023年10月16日読了時間: 1分
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