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札幌仏教塾
291 生きるときも死ぬときも一人
生きることは残酷です。そもそも一人で生まれなくてはいけません。赤ちゃんはお腹の中にいるときから自分の力で大きくなって、自分の力で呼吸して、自分の力で生きていなくてはいけない。自分の力で母体にしがみついているのです。生まれてからは、助けてもらえますが、でも、たくさんの仕事を赤...
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2023年10月15日読了時間: 1分
290 「死にたい」も「死にたくない」も両方捨てる
執着とは、「死はヤバい」と思うことなのです。「死んでは駄目だ」という、みんなに与えられているバカな指令なのです。「死んでは駄目だ」とは、どういう意味でしょうか? 意味がない指令でしょう。でも、すべての生命は死にたくない。「なぜ?」と聞いてもわかりません。死にたくないという気...
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2023年10月14日読了時間: 1分
289 いつでも死ねるという状況をつくる
死にそうなときに、「ああ死にたくない、この財産はお嫁さんにあげたくない」とか、「私が死んだらうちの会社は、息子はどうなるのか。こいつは会社を倒産させるかもしれない。困った、困った」などというのは、バカで生まれて、死ぬときにさらにバカになっているということです。そうではなく、...
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2023年10月13日読了時間: 1分
288 私が消えれば死の疑問は成り立たない
「私が死んだらどうなるのか?」という質問に対して、お釈迦様は、まず「私」を発見しなくてはいけないよと教えています。そして答えも出しています。「私は、いませんよ。それは幻覚にすぎません。調べてごらんなさい」と。そこで、我々は瞑想修...
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2023年10月12日読了時間: 1分
287 何も持たなければ、死は怖くない
死を恐れるもう一つの原因は、自分が執着している財産、人々、地位などから離れるのが嫌だということです。お金はたくさんあるし、好きな人々もいるしとなると、こうしたものは捨てたくありません。しかし、死ぬと捨てなくてはならない。ですから死ぬのが怖いのです。だからこそ、お釈迦様は仏弟...
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2023年10月12日読了時間: 1分
286 死ぬのが怖くなくなる方法
「死ぬのが怖い」ということは、「生きるのは好き」ということです。「生きることは快楽だ」と思っているから、死ぬのが怖いと思うのです。生きることが快楽だったら、死ぬことは嫌ですね。その快楽をもたらす自分の肉体は、最高の宝物だと思うでしょう。ですから、それが壊れるのは嫌なのです。...
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2023年10月10日読了時間: 1分
285 たとえ殺されそうになっても、殺してはいけない
仏教では、たとえ自分が殺されそうになっても相手を殺してはいけない、と教えます。殺さなかったら殺される、という場合は、たいてい相手を殺してしまうでしょう。「それでも理論的には罪ですよ」と、仏教では強調します。正当防衛で相手を殺して寿命をまっとうしたとしても、大したことはありま...
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2023年10月9日読了時間: 1分
284 死を意識する
死ぬということは必ず起きることなのですから、できるだけ早く考えたほうがいいのです。子供に対しても、「自分も他人も死ぬんだよ」と教えてください。そうすると、世の中が正しく見えてきます。物事を考えるようになった時点で、「人は死ぬものなんだ。同じように、私も死ぬんだ」と、よく観察...
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2023年10月8日読了時間: 1分
283 「死んだらどうなる?」の質問の本意
「死んだらどうなるのか?」と質問されたら、答えは「死んだら新たなものが現れます」と言うだけのことです。何か壊れたら、新たなものが現れます。たとえば、ペットボトルをリサイクルしたら、まったく別な品物が現れます。死んだらどうなるのかと言ったら、「新たなものが現れる」。答えは、そ...
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2023年10月7日読了時間: 1分
282 人が死について語るのは妄想
実際に瞑想をする方は、よくわかると思います。 瞑想をすると、すごく嫌な気持ちが出てきます。しかし、瞑想は、考えてみれば仕事や料理より簡単なことでしょう。それなのに、もし、お坊さんから「二時間瞑想すれば覚れますよ。あるいは、一カ月間ビルの掃除をすれば覚れますよ」と言われたら、...
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2023年10月6日読了時間: 1分
281 死とは生のことである
仏教的に「死」というのは「生」のことです。何か壊れて何か生まれる、何か壊れて何か生まれる、何か壊れて何か生まれるということは命です。輪廻です。私たちの問題は、それが嫌だと思うことです。生死の流れを理解できず、死を嫌がるのです。自然法則を嫌がるというのは、愚かな気持ちです。そ...
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2023年10月5日読了時間: 1分
279 死を心配する必要はない
死ぬということを大げさに言うのは、生きていきたくてたまらない人間です。生きることを極端に心配している人間です。人間は瞬間瞬間死んでいるのですから、そんな余計なことを心配する必要はありません。テーラワーダ仏教には死随観という伝統的な瞑想があります。瞬間瞬間の死を観察する瞑想で...
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2023年10月3日読了時間: 1分
278 老病死を素直に認める人こそが、幸せに生きられる
皆さんは、健康こそが何よりも大切だ、絶対に病気になりたくない、老いぼれたくないと思っていらっしゃるかもしれません。「当たり前だろう、健康になりたいのは当然ではないか!」とさっそく怒られるかもしれませんが、仏教の立場からいうと、そういった発想自体に相当な勘違いがあります。なぜ...
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2023年10月2日読了時間: 2分
277 病気の人にかける一言
あるとき、私のことをいろいろ助けてくれたおばあ様が、骨を折って入院しました。私の都合が悪い日に誰かがお見舞いに行くというので、病院のおばあ様に「今度病気になる場合は、前もってことわってください」と伝えてもらうように頼んだのです。これって、お見舞いで言う言葉ではありませんね。...
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2023年10月1日読了時間: 2分
276 死ぬまで幸福な人生を
身体の病気の場合は、今までの生き方が悪いのです。ガンもそうですが、いろいろな病気は、生き方と精神の問題から出てくることです。ですから、「病気は当たり前」だと思って、「まぁ、どうってことはない、自然の流れだ」と落ち着いていましょう。ガンにかかって、かかってから五年で死ぬなら、...
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2023年9月30日読了時間: 1分
275 身体に対する執着を捨てる
病気は、心を清らかにすることで早く治るケースもあります。しかし、人が病気になって死ぬことは自然法則ですから、なんでもかんでも、心を清らかにすれば治せると勘違いしてはいけません。不治の病にかかったら、仏教徒はいとも簡単に身体に対する執着を捨てます。「では、さようなら」という気...
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2023年9月29日読了時間: 1分
274 うつ病の治し方
うつ病というのは、自分に価値がなくなったと感じているわけではなくて、逆なのですあまりに価値がありすぎて、現実と合わなすぎた結果として「自分なんて価値がない」となっている状態です。もともと価値を置いているから「価値がない」という表現が出てくのです。そもそも、自分に価値がないと...
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2023年9月28日読了時間: 2分
273 「自分」と「自分の身体」を切り離す
いろいろな病気で悩んでいる人は、心の態度を変えることが一番大切だと思います。第一にしてほしいことは、「自分」と「自分の身体」とを離して考えることです。「私が病気だ」と思うのではなくて、「この身体が病気だ」と観るということです。病気という言葉も使わないほうがいいでしょう。「こ...
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2023年9月27日読了時間: 2分
272 病気を治すために必要な心構え
病気を治すために必要なのは、「自分の病気が治りますように」という願いではなくて、「周囲の人々のために病気が治りますように」という願いです。「私が健康になりたい」という願いは、わがままで高慢な、自我から出てくる願いです。その「自我」というのが、病気になるすべての問題の原因です...
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2023年9月26日読了時間: 2分
271 心を身体から離せば身体は回復する
病気というのは、汚れた心が身体をいじめていることなんですね。だから、肉体を植物だと思っちゃえばいいんです。植物にたくさん水をあげたからといって死ぬわけじゃないし、だからといって、栄養をたっぷりあげちゃうと死んでしまいます。心は鬼だから、手当てするやり方がわからないんです。栄...
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2023年9月25日読了時間: 2分
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