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札幌仏教塾
273 無常の見方
すべて瞬間で消えて、別なものに変わるのだと観察して、欲に溺れないようにするのです。楽しいことがあっても、直ちに変わるものだと知って冷静になる。苦しいことがあっても、直ちに変わるものだと知って冷静になるのです。『一分で読むブッダの教え』第5章...
sapporobukkyoujuku
2024年8月18日読了時間: 1分
272 変化するから面白い
「ずっと見ていると、どれも面白い」と言いたいのです。寒くなると、サクラは片っ端から自分の葉を落としてしまうでしょう。私は枝しかないサクラを「ああ、眠っているな」と楽しく見ています。暖かくなると興奮したように花が咲く。はしゃいでいるみたいで、それも楽しい。あっという間に花が散...
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2024年8月17日読了時間: 1分
271 世間が発見する無常はわがまま
俗世間が発見する変化、無常は、単なるわがままです。無視するのもわがまま、喜ぶのもわがまま、悲しむのもわがままです。「サクラが咲いた」とは興奮しますが、「葉が落ちて枝ばかりになった」と喜ぶことはない。絶え間ない変化の一つとしてただ花が咲いただけのことなのに、自己都合でそこにだ...
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2024年8月16日読了時間: 1分
270 確固たる実体があるという誤解
一切の現象には、何か種みたいな、芯みたいなものは、どこにもありません。ぜんぶつかみどころのない、何かの幻、幻覚みたいなものです。しかし、人は「何かあるんだ」と思っています。「実体があるんだ」と信じています。自分に、ものごとに、絶対に変わらない、霊魂・魂・自我・実体があると勘...
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2024年8月15日読了時間: 1分
269 水晶玉とシャボン玉は等価値
きれいな水晶玉とシャボン玉、どちらか好きなほうをあげると言われたら、水晶玉を選ぶでしょう? それは水晶玉はすぐには壊れない、無常ではない、と思っているからなのです。本当の無常がわかっていないからなのです。では、万物は瞬時に変化すると知ったら、どうでしょう?...
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2024年8月14日読了時間: 1分
268 執着は無駄
人間は、好き勝手に無常の一部をハイライトして現象を妄想して、ある現象に「早く変わってくれ」、ある現象に「変わらないでそのままでいてくれ」と希望、願望しています。しかし「早く変わってくれ」と頼んでも、「そのまま変わらないでいてくれ」と頼んでも、変化の速さは一定です。事実として...
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2024年8月13日読了時間: 1分
267 「ある」と認識する弊害
人は「ある」と認識するだけで、「流れ」を認識しません。「花はある」と認識するのですが、「花はずっと変わり続けている」とは認識しないのです。川の場合は、「川がある」と平気で思いますね。しかし川は絶えず流れていきます。「これが川です」ということはないのです。だから川を見ても悟れ...
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2024年8月12日読了時間: 1分
266 自分とは、プロセス
「自分」というものは、ずーっと流れているプロセスです。たとえば、細胞がずーっと壊れていって、絶えず入れ替わっていますね。血液が流れて、どんどん体が新しくなっていきます。同様に、音を聞くたびに自分は変わっていきます。ものを見るたびに自分が恐ろしいほどの勢いで変わっていきます。...
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2024年8月11日読了時間: 1分
265 ありのままの世界とは
悟りに達する道というのは、かなり険しくて、厳しいのです。「ありのままにみる」ということが一番難しい。これができるようになってくると、世界の見え方が変わってしまいます。いま見ているような、こんなに面白い、美しい世界は見えてこないのです。極限につまらない世界が見えてくるのです。...
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2024年8月10日読了時間: 1分
264 存在には停止がない
時間というものは存在しませんが、瞬間瞬間で、現象が移り変わっていくことを止めることはできません。存在とは「動」であって、一瞬たりとも「停止」はないのです。すべての存在は噴水や滝だと思ってみてください噴水は止まったら噴水ではありません。滝が止まったらただの崖です。ですから一切...
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2024年8月9日読了時間: 1分
263 空・無我という真理
すべてのものは現れては消えます。世界は「現れては消える」ことの連続です。実体的なものは何もないということを「無常」といいます。「空」「無我」も同じ意味です。世界は蜃気楼のようなものだということです。「空」とは「空っぽ」ではなく、蜃気楼です。蜃気楼は、光の屈折により作られてい...
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2024年8月9日読了時間: 1分
262 人生は苦。幸福は苦を乗り越えること
その都度その都度、やらなくてはいけないことをやりながら生きているのです。目的があって、その目的を目指して生きているわけではありません。命が自然に流れてゆくのです。しかし、何をして生きていても、生きることは「苦」なのです。お腹がすくことも、満腹になることも、「苦」なのです。仕...
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2024年8月7日読了時間: 2分
261 「生きる目的」はない
生きる目的を、他人に教えてもらう必要はありません。 我々の人生が、成功ばかりといったことはあり得ません。人生には失敗も必ずあります。そんなときは本当に疲れ切って、誰もが、「私は何をやっているのか」という気分になります。そんなとき、生きる目的は何かと懸命に探しますが、弱ったと...
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2024年8月6日読了時間: 1分
260 危険な人生中毒
生きることは「動く」こと、生きることは「知る」こと。そのベースには、「生きることは苦である」という真理があります。しかし、「生きることは苦である」という意味は、なかなかピンとこないかもしれません。私たちは、「生きることは楽しい」と勘違いをしています。これは実は、とても怖いこ...
sapporobukkyoujuku
2024年8月5日読了時間: 2分
259 智慧を開発しなければならない理由
命というのは「苦」でできています。苦がなければ生きていられません。どうして呼吸するのかというと、やめてしまうともう、耐えがたい苦しみがあるからです。どうしてご飯を食べるのかというと、ご飯を食べなければ、耐えがたい苦しみで、死んでしまうからです。ですから苦が命をつくって、苦が...
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2024年7月24日読了時間: 1分
258 苦から苦への引っ越し
だれでも生命は「幸福になりたい」と頑張っていますが、結果は違いますね。逆効果なのです。吸う苦を吐くことで消し、吐く苦を吸うことで消すのです。呼吸とはひとつの苦から、別の苦へ移行する以外なにものでもありません。絶えず呼吸することで生命は生きつづける。言い換えれば、絶えず苦を感...
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2024年7月23日読了時間: 1分
257 人生は苦を何とかすること
人生を観ると、お腹の中に人間が入った瞬間から、死ぬ瞬間まで、いろいろな悩みごと、問題があります。次から次から、いろいろな問題が出続けます。これに何とか応えようとすること、それが生きることなのです。学校に行く、勉強する、大学に行く、仕事を見つける、結婚する、子供を育てる。生き...
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2024年7月22日読了時間: 1分
256 幸福は善行為の結果
たとえば、すごく珍しい美しい花に感動したとすると、それはその人の過去の善行為の結果です。花を見て感動して、楽しみの瞬間を過ごし、幸福な瞬間を生きています。けっして悪いことではありません。その人の人生の幸福の一秒です。『一分で読むブッダの教え』第5章...
sapporobukkyoujuku
2024年7月21日読了時間: 1分
255 業の力で生きると楽
人が生まれて生き続けるためには、そもそものエネルギーが必要です。生まれる生命には、死ぬまでのエネルギー量が最初からあるのです。それを仏教では「業」と言います。「必要不可欠なものは苦労なく手に入る」というのは、業の力です。生命の生き続ける業の力は、誰にもどうすることもできない...
sapporobukkyoujuku
2024年7月20日読了時間: 1分
254 「無限」という概念は、因果律で成り立つ
皆さんはよく「お腹がすいた」と言うでしょう? それは原因でしょうか、結果でしょうか? 因でしょうか、果でしょうか? 答えは「因であり、果でもある」です。「果である」と言う場合は、それまでの時間しばらくご飯を食べていなかったことや、前回の食事で体に入った栄養を使い終わったこと...
sapporobukkyoujuku
2024年7月19日読了時間: 1分
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