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札幌仏教塾
307 自我を破るための努力をしよう
エゴを薄くするため、なくすために、他人のことを心配するなら、それは“大きなお世話”にはなりません。たとえばボランティア活動をする場合でも、苦しんでいる人々を助けてあげて、それによって自分もエゴをなくすのだとはっきりしているならば、大きなお世話のボランティアにはなりません。自...
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2024年9月21日読了時間: 1分
306 自分とは、大海の一滴
地球の四分の三ぐらいは海ですから、海というのはすごく大きいですね。しかし、どう見ても、一滴、一滴で海水でできています。「私」と思う自分は、その一滴の水のような存在です。たくさんの生命がいる中で、たった一つの生命として生きる「私」を海にたとえると、「一滴の海水として、海の中で...
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2024年9月20日読了時間: 2分
305 自我=保守主義
なぜ新しいアイデアが出ないかというと、自我があるからです。自我があるという錯覚に陥っているから、皆ワンパターンで決められた通り、教えられた通りのことをする保守主義になってしまうのです。自我というものは「変わらない」「定まっている」「決まっている」という意味だからです。無我と...
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2024年9月19日読了時間: 1分
304 自我がない生き方は自由自在
自我とはどっしりと重くて動かない硬い石か岩のようなもの。他方、自我がない生き方は、空気のようなもの。空気になったら、自由自在です。ですから、自我を探してはいけません。岩になりなさいということだからです。どっしり一カ所にとどまってしまうことになります。『一分で読むブッダの教え...
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2024年9月18日読了時間: 1分
303 「自我を持て」という言葉は間違い
自分というものがないと不安になるのは、自分では挑戦したくないとか、隠れていたいなどと、精神が腰抜けになっているからです。そういう人は自我の錯覚をつくって、そこにひっかかって、しがみついているのです。逆に自分がないということがわかると、自然と力が湧いてきて、すごく自由に生きら...
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2024年9月17日読了時間: 1分
302 自分探しとは何か
私たちは、ありもしない自我永遠不滅で絶対に変わらない魂という妄想概念にしがみついてはいけないのです。これが人間だと言える確固とした実体があるという先入見に寄りかかることなく、「自分という流れ」をしっかり管理して、自分にも他人にも役に立つ人間にならなければなりません。そのため...
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2024年9月16日読了時間: 1分
301 自我の錯覚の理解が幸福につながる
関係ない他人事なら、悩み苦しみがないのです。自分のこと、「私のもの」に関することなら、ひどい悩み苦しみになります。それをお釈迦様は、ぜんぶまとめておっしゃったのです。「すべての苦しみがたった一つの言葉、『私の』というところから生まれるのだ」と。 そうは言っても私のお父さんと...
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2024年9月15日読了時間: 1分
300 自我がわかるとありがたみがわかる
自我のしくみを理解すると、ものの見方が変わってくるはずです。誰もがみんなわがままであるのは当たり前のことだとわかります。そして不満に思っていた周囲に対しても「みんなわがままなはずなのに、いろいろと私に協力してくれるものだなあ」と思えるはずです。つまり、自我が錯覚だと、頭の中...
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2024年9月14日読了時間: 1分
299 ありのままを知って悟る
耳に絶えずなんらかの音が触れていますね。この本を読んでいる今も、何かしら聞こえているでしょう? その音だけを聞いてみてください。「あ、これは鳥のさえずりだ」「カラスの声だ」「子供が遊ぶ音だ」などという妄想はしないで、音だけ聞きます。そうすると、瞬間、瞬間、感情が変わること、...
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2024年9月13日読了時間: 1分
298 自分とは「蜃気楼」
「自分がいる」という実感から問題が起きた。お釈迦さまはその立場なんですね。だからわれわれ仏教では「自分がいる」ということは何なのか、そのシステムを分解してみるのです。分解してみると、それはひとつの概念であって、別に実体はないとわかるでしょう、と説明します。だから言葉のうえで...
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2024年9月12日読了時間: 1分
297 「私」という幻覚
何かを感じるたびに「私」「私」という幻覚が出てきて、その幻覚にすごく執着します。「私」こそ何よりも大事だ、と思います。「尊い魂がある」「かけがえのない自分」などと聞くと、嬉しくなります。これらは、我々の弱みから来ています。私たちは、生きている中で、ものごとが自分の意のままに...
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2024年9月11日読了時間: 1分
296 自我を捨てれば問題はなくなる
心というのは、わがままな大バカ者、手に負えない曲者(くせもの)です。エゴを守るためにあの手この手の言い訳を繰り出します。では、どうすればいいかというと、答えは「自我を捨てること」です。自我からすべての問題が生まれるのですから、それがなくなれば問題も消えます。自我を捨てるとい...
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2024年9月10日読了時間: 1分
295 「私」とは感覚をまとめるラベル
夫婦げんかをするのも「私」という意識があるからです。こちらに「私」があって、向こうにも別の「私」があるのです。親の亡くなった場面を考えても同じです。なぜ、親が死んだら悲しくなるのかというと、「私」の親が亡くなったからなんですね。悲しむからといって「『私』は優しい人間だ」とい...
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2024年9月9日読了時間: 1分
294 私が正しいと世界が敵になる
「我こそは正しい」ならば「世界が間違っている」ということになります。 それで、小さな「我」が世界全体を敵に回すことになって、限りのない苦しみの世界が現れてくるのです。そこは認識のバグが入っています。手術して治さなくてはいけないのです。手術とは修行のことです。だから、仏教の修...
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2024年9月8日読了時間: 1分
293 世界を思い通りにしたいエゴ
自分の希望通りに誰かが動いてくれないと、相手が悪いとか、ああだこうだと文句が出ます。世界の生命がみんな、自分のために働き、動いてほしいと心の中で思っています。嘘ではありません。私たち人間は、みんなそうなのです。世の中のすべての生命が、「自分のため、自分の利益のために、自分の...
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2024年9月8日読了時間: 1分
292 誰もが「全知全能者」気取り
人間は皆、「全知全能者」気取りなのです。他人事ではありません。あなたも世界の王か何かのつもりなのですよ。子供にもっと勉強してほしいと希望する。給料が上がってほしいと希望する。店にお客さんがバンバン来てほしいと希望する。すべて主観的な「わがまま」です。そのことに気づかずに、あ...
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2024年9月6日読了時間: 1分
291 自分に出会う
自分というものは、あらゆる感情が混じり合って生きています。怒りもある、欲もある、人を助ける気持ちもある。わがままもありますが、同時に他人の心配もします。混じり合っているのが自分なのです。理解してほしいことは、条件によって自分の心が変わることです。私はどんなとき凶暴になり、ど...
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2024年9月5日読了時間: 1分
290 貪瞋痴(とんじんち)、自己愛、生存欲によって表れるエゴ
欲の感情・怒りの感情・無智の感情は最終的に似ているものです。その感情で、私たちは「自分がある」「魂がある」「エゴがある」と錯覚するのです。それからまた、「自己愛」、「生存欲(死にたくないという気持ち)」も、人を支配しています。自己愛や生存欲にかかわる感情が、すべての顔・すべ...
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2024年9月4日読了時間: 1分
289 自我意識という誤解
「変わらない自分がいる」という自我意識は明らかな誤解です。「自分」とは認識の流れですから、常に変化しているのです。ただ、絶え間なく刺激があり、絶え間なく認識が生まれるので、「自分はずっと変わらずにいる」という錯覚に陥っているにすぎないのです。これは、「川がある」という言葉と...
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2024年9月3日読了時間: 1分
288 「私」「魂」という実体はない
言葉を用いて「私」「私がいる」とは言えますが、それはあくまで都合がいいからです。現実には「これが私です」といえる固定された実体はありません。「私」「魂」といった単語があるからといって、それらの単語に実体があるわけではありません。呼吸によって自分が変わる、見ることによって自分...
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2024年9月2日読了時間: 1分
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