top of page
札幌仏教塾
二十四時間体制で全ての動きが観える
二十四時間体制で全ての動きが観える 正知の実践で集中力が生まれると説明しました。Samādhi 瞑想からも集中力が生まれます。Samādhi 瞑想は集中力を上げることを目的にしています。しかし、sati の瞑想から起こる集中力と、samādhi...
sapporobukkyoujuku
2025年6月9日読了時間: 1分
勉強が完了してなかったが、試験は合格
勉強が完了してなかったが、試験は合格 それからasite pīte khāyite sāyite 食べるにも飲むにも噛むにも味わうにもsampajānakārī hoti 正知を持って行動します。Uccārapassāvakamme sampajānakārī hoti...
sapporobukkyoujuku
2025年6月8日読了時間: 1分
衣を纏うとき、鉢を持つとき
衣を纏うとき、鉢を持つとき Saṅghāṭipattacīvaradhāraṇe という言葉を分析しましょう。お釈迦様の説法の相手は比丘達ですから、「衣を纏うとき、鉢を持つとき、気づいて行なってください」という意味になります。Saṅghāṭi...
sapporobukkyoujuku
2025年6月7日読了時間: 1分
「正知」して「承知」すること
「正知」して「承知」すること 目で何かを見るならば、まっすぐ見るときも、首を回しながら見るときでも、きちんと確認して、sampajāna・正知しながら見るのです。日本語でショウチという場合、正知と承知と、二通りの字があります。この場合、どちらのショウチでもいいのです。Sam...
sapporobukkyoujuku
2025年6月6日読了時間: 1分
Sati の実践とsamādhi 瞑想
Sati の実践とsamādhi 瞑想 Sati の実践は、samādhi 瞑想とは違います。Samādhi 瞑想を実践するときは、呼吸などの何か一つの対象に徹底的に集中すれば良いのです。Sati の実践と比較してみると、samādhi...
sapporobukkyoujuku
2025年6月5日読了時間: 1分
集中力と智慧の関係
集中力と智慧の関係 集中するだけで智慧は生まれません。貪瞋痴の感情をかき回すものにも簡単に集中できます。映画・音楽などに夢中になるためには、何の訓練も要りません。好きなことをやり続けるためには、特別な訓練も修行も要りません。何かに夢中になるとは、いたって簡単にできることです...
sapporobukkyoujuku
2025年6月4日読了時間: 1分
安心で良いものに集中
安心で良いものに集中 楽しむために、食べ物・服装・芸術・旅行・趣味などに頼る道は危険です。興味を失ったら、乗れなくなります。楽しみがなくなるのです。他の頼るもの・乗れるものを探さなくてはいけなくなるのです。実際の楽しみは集中力によって生まれるのだと理解したほうが安心です。そ...
sapporobukkyoujuku
2025年6月3日読了時間: 1分
集中力と楽しみの関係
集中力と楽しみの関係 世間話になりますが、集中力と楽しみの関係を理解したほうが役に立つと思います。人生を楽しみたいと、皆思っています。しかし楽しみとは何かと分かっていないのです。それなら楽しみを得られません。旅に出たいと思っても、行き先が全く決まらない場合は、旅に出られない...
sapporobukkyoujuku
2025年6月2日読了時間: 1分
智慧が開発する正しい集中力
智慧が開発する正しい集中力 俗世間でも、集中力を楽しむケースは色々あります。ゲームをやったり、映画を観たり、音楽を聴いたり、面白い本を読んだりすると、楽しいでしょう。あの楽しみは、他のことを忘れて「いま」やっていることに集中するから起こるのです。ゲームなんかはバカバカしいカ...
sapporobukkyoujuku
2025年6月1日読了時間: 1分
よく気づくとは「脳細胞を全部使う」こと
よく気づくとは「脳細胞を全部使う」こと 経典で教えられているように行なうためには、高度な集中力が必要になります。逆に言えば、実践しようとすると高度な集中力がそなわるのです。高度な集中力は智慧が起こるきっかけになります。正知の実践のために、休みなく頭をはたらかすことになるの...
sapporobukkyoujuku
2025年5月31日読了時間: 1分
ちゃんと気づいている
ちゃんと気づいている 次のセクションは、正知の部と訳されています。ここでも身体の瞑想が説明されます。Abhikkante というのは前に進むということ。Paṭikkante というのは後にさがること。この場合はsampajānakārī...
sapporobukkyoujuku
2025年5月30日読了時間: 1分
正知の部 Sampajānapabbaṃ
5 ‘‘Puna caparaṃ, bhikkhave, bhikkhu abhikkante paṭikkante sampajānakārī hoti, ālokite vilokite sampajānakārī hoti, samiñjite pasārite...
sapporobukkyoujuku
2025年5月30日読了時間: 2分
適度の智慧
適度の智慧 威儀を観察すると、適度の智慧(ñāṇamattāya)が現れます。この智慧によって、適度の気づきが確立する(paṭissatimattāya)のです。感情・煩悩の衝動で生きてきた人生が変わります。生きることと気づきが不可分状態になるのです。「生きることが気づきそ...
sapporobukkyoujuku
2025年5月29日読了時間: 1分
三つの側面
三つの側面 内・外・内と外という三つの側面から観察ができたら、atthi kāyo 身体があるのみ、という気づきが生じます。ここで誤解に陥ってはならないのです。この瞑想で身体(kāyo)というのは、行住坐臥とその他の威儀のことです。いわゆる普遍的に、いかなる生命にも起こる威...
sapporobukkyoujuku
2025年5月28日読了時間: 1分
気づきから智慧が起こる
気づきから智慧が起こる ものごとを内から・外から・内と外からという三つの立場から観るのは、仏教の観察の仕方です。何一つも「私だけに限った現象」はありません。「私」とは、唯一特定の存在ではありません。生きているという、大自然のはたらきそのものなのです。別な例えを言います。海と...
sapporobukkyoujuku
2025年5月27日読了時間: 1分
新たな現象を観察する
新たな現象を観察する 次のレッスンがあります。それは各威儀がどのように起こるのかと観察することです。坐っている人が立つと思いましょう。完全に立つまでは、坐った姿から様々な変化が起き続けます。完全に立ってから、その姿勢を変化しながら続けるのです。次から次へと生じ続ける、新たな...
sapporobukkyoujuku
2025年5月26日読了時間: 1分
外から、内から観る
外から、内から観る自分の身体の威儀を観察することです。それが「外の身体を観る」です。次に、身体のなかから観察してみれば良いと思います。歩いたり坐ったりすると、外から見える変化だけではなく、身体のなかにも様々な変化が起こるのです。坐ったり歩いたりという威儀を行なっている人が、...
sapporobukkyoujuku
2025年5月25日読了時間: 1分
まず物理的な肉体の動きを確認
まず物理的な肉体の動きを確認 修行とは真剣に行なうもので、気楽に他の人々が歩いたり坐ったりしていることを観察したところで、心が清らかになるのかと疑問をいだくこともできます。しかし、無数の生命の威儀を観察し続けると、「生きているとは行住坐臥とその他の細かい動きのみだ」と発見す...
sapporobukkyoujuku
2025年5月24日読了時間: 1分
瞑想のステップ
瞑想のステップ 行住坐臥などの身体の威儀を観察する瞑想に、他の瞑想と同じ次のステップがあります。それは一、ajjhattaṃ vā kāye 自分の身体について、内なる身体について、身体の威儀に沿って観ながら、確認をしながら生活することです。二、bahiddhā vā...
sapporobukkyoujuku
2025年5月23日読了時間: 1分
詳細な威儀の観察
詳細な威儀の観察 身体の動きは行住坐臥ですが、それ以外の細かい動きもあります。身体を傾けたり、回ったり、振ったりもするのです。かがんで物を取ったり置いたりします。手を動かして料理の材料を切ったり洗ったり、手を上げたり下げたり、引き出しを引いて開けたり押して閉めたりします。こ...
sapporobukkyoujuku
2025年5月22日読了時間: 1分
bottom of page