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札幌仏教塾
296 臓器移植は何ら問題なし
「臓器を移植したら、その臓器の元の持ち主の心・精神の影響を受ける」などとくだらないことを言う人もいますが、それはただの妄想です。目が見えなくなれば他の人の角膜を移植して見えるようになっても構いませんし、心臓が動かなくなったら、他の人の心臓をもらって使っても構いません。日本で...
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2023年10月20日読了時間: 1分
295 ありがたいことも、ありがたくない
私たち人間は、生命は、すぐ死ぬのですから、これを助けてくれる人というのはありがたいと思い込みます。生きることを支えてくれるものは、何であろうとも「善いもの、価値あるもの」と思ってしまいます。しかし、ありがたいことがいくらあっても、ありがたくないのです。なぜなら、死ぬからです...
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2023年10月19日読了時間: 1分
294 生命誕生と輪廻
お腹の中に生命が誕生するでしょう。突然、お腹に心が現れますか? 偶然には何も現れません。いかなる現象も因果法則によって現れます。子宮に新しい命が現れることも、因果法則の結果です。死があったら、次に生です。どこかに心の死が起きて、子宮の中で心の生が現れたのです。これは仏教でい...
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2023年10月18日読了時間: 1分
293 幸せな死を迎える最大の条件
人間の一生は毎日、毎時の時間の経過です。今日は昨日とは違うし、一時間前も今とは違います。一分前、いや、一秒前でさえ今とは違うのです。人間はいつでも死ぬ可能性があります。明日になって急に死んでしまうかもしれません。ならば、悔いのない人生を送るためにはいつ死んでも大丈夫だという...
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2023年10月17日読了時間: 1分
292 死にたくないわけ
我々は「死にたくない。死ぬのが怖い」という感情を持っています。それには理屈がありません。なぜ死にたくないのですか? 「死ぬのが怖い」と言ってしまうと、死んだ経験はないのだから、合理的な理由が何も見つからないのです。自分が知っているのは、他の人が死ぬことだけです。「おじいちゃ...
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2023年10月16日読了時間: 1分
291 生きるときも死ぬときも一人
生きることは残酷です。そもそも一人で生まれなくてはいけません。赤ちゃんはお腹の中にいるときから自分の力で大きくなって、自分の力で呼吸して、自分の力で生きていなくてはいけない。自分の力で母体にしがみついているのです。生まれてからは、助けてもらえますが、でも、たくさんの仕事を赤...
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2023年10月15日読了時間: 1分
290 「死にたい」も「死にたくない」も両方捨てる
執着とは、「死はヤバい」と思うことなのです。「死んでは駄目だ」という、みんなに与えられているバカな指令なのです。「死んでは駄目だ」とは、どういう意味でしょうか? 意味がない指令でしょう。でも、すべての生命は死にたくない。「なぜ?」と聞いてもわかりません。死にたくないという気...
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2023年10月14日読了時間: 1分
289 いつでも死ねるという状況をつくる
死にそうなときに、「ああ死にたくない、この財産はお嫁さんにあげたくない」とか、「私が死んだらうちの会社は、息子はどうなるのか。こいつは会社を倒産させるかもしれない。困った、困った」などというのは、バカで生まれて、死ぬときにさらにバカになっているということです。そうではなく、...
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2023年10月13日読了時間: 1分
288 私が消えれば死の疑問は成り立たない
「私が死んだらどうなるのか?」という質問に対して、お釈迦様は、まず「私」を発見しなくてはいけないよと教えています。そして答えも出しています。「私は、いませんよ。それは幻覚にすぎません。調べてごらんなさい」と。そこで、我々は瞑想修...
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2023年10月12日読了時間: 1分
287 何も持たなければ、死は怖くない
死を恐れるもう一つの原因は、自分が執着している財産、人々、地位などから離れるのが嫌だということです。お金はたくさんあるし、好きな人々もいるしとなると、こうしたものは捨てたくありません。しかし、死ぬと捨てなくてはならない。ですから死ぬのが怖いのです。だからこそ、お釈迦様は仏弟...
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2023年10月12日読了時間: 1分
286 死ぬのが怖くなくなる方法
「死ぬのが怖い」ということは、「生きるのは好き」ということです。「生きることは快楽だ」と思っているから、死ぬのが怖いと思うのです。生きることが快楽だったら、死ぬことは嫌ですね。その快楽をもたらす自分の肉体は、最高の宝物だと思うでしょう。ですから、それが壊れるのは嫌なのです。...
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2023年10月10日読了時間: 1分
285 たとえ殺されそうになっても、殺してはいけない
仏教では、たとえ自分が殺されそうになっても相手を殺してはいけない、と教えます。殺さなかったら殺される、という場合は、たいてい相手を殺してしまうでしょう。「それでも理論的には罪ですよ」と、仏教では強調します。正当防衛で相手を殺して寿命をまっとうしたとしても、大したことはありま...
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2023年10月9日読了時間: 1分
284 死を意識する
死ぬということは必ず起きることなのですから、できるだけ早く考えたほうがいいのです。子供に対しても、「自分も他人も死ぬんだよ」と教えてください。そうすると、世の中が正しく見えてきます。物事を考えるようになった時点で、「人は死ぬものなんだ。同じように、私も死ぬんだ」と、よく観察...
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2023年10月8日読了時間: 1分
283 「死んだらどうなる?」の質問の本意
「死んだらどうなるのか?」と質問されたら、答えは「死んだら新たなものが現れます」と言うだけのことです。何か壊れたら、新たなものが現れます。たとえば、ペットボトルをリサイクルしたら、まったく別な品物が現れます。死んだらどうなるのかと言ったら、「新たなものが現れる」。答えは、そ...
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2023年10月7日読了時間: 1分
282 人が死について語るのは妄想
実際に瞑想をする方は、よくわかると思います。 瞑想をすると、すごく嫌な気持ちが出てきます。しかし、瞑想は、考えてみれば仕事や料理より簡単なことでしょう。それなのに、もし、お坊さんから「二時間瞑想すれば覚れますよ。あるいは、一カ月間ビルの掃除をすれば覚れますよ」と言われたら、...
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2023年10月6日読了時間: 1分
281 死とは生のことである
仏教的に「死」というのは「生」のことです。何か壊れて何か生まれる、何か壊れて何か生まれる、何か壊れて何か生まれるということは命です。輪廻です。私たちの問題は、それが嫌だと思うことです。生死の流れを理解できず、死を嫌がるのです。自然法則を嫌がるというのは、愚かな気持ちです。そ...
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2023年10月5日読了時間: 1分
279 死を心配する必要はない
死ぬということを大げさに言うのは、生きていきたくてたまらない人間です。生きることを極端に心配している人間です。人間は瞬間瞬間死んでいるのですから、そんな余計なことを心配する必要はありません。テーラワーダ仏教には死随観という伝統的な瞑想があります。瞬間瞬間の死を観察する瞑想で...
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2023年10月3日読了時間: 1分
278 老病死を素直に認める人こそが、幸せに生きられる
皆さんは、健康こそが何よりも大切だ、絶対に病気になりたくない、老いぼれたくないと思っていらっしゃるかもしれません。「当たり前だろう、健康になりたいのは当然ではないか!」とさっそく怒られるかもしれませんが、仏教の立場からいうと、そういった発想自体に相当な勘違いがあります。なぜ...
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2023年10月2日読了時間: 2分
277 病気の人にかける一言
あるとき、私のことをいろいろ助けてくれたおばあ様が、骨を折って入院しました。私の都合が悪い日に誰かがお見舞いに行くというので、病院のおばあ様に「今度病気になる場合は、前もってことわってください」と伝えてもらうように頼んだのです。これって、お見舞いで言う言葉ではありませんね。...
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2023年10月1日読了時間: 2分
276 死ぬまで幸福な人生を
身体の病気の場合は、今までの生き方が悪いのです。ガンもそうですが、いろいろな病気は、生き方と精神の問題から出てくることです。ですから、「病気は当たり前」だと思って、「まぁ、どうってことはない、自然の流れだ」と落ち着いていましょう。ガンにかかって、かかってから五年で死ぬなら、...
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2023年9月30日読了時間: 1分
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