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札幌仏教塾
84 観察して理性を育む大切さ
理性が大事であることをさらに説明します。たとえば、仏教では五戒を守ることは善い行いとされます。しかし「いわれるからやらないようにしよう」「悪行為だからやめます」というだけではダメなのです。そこに理解(如理作意)がなくてはいけないのです。たとえば、なぜ嘘はよくないのか。そして...
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2024年12月30日読了時間: 2分
83 無智の家に住んでいる
われわれは、いつでも無智の家に住んでいます。生命の住処(すみか)は無智なのです。しかし、そのことに気づきません。 生命の実感としては住所不定といったところでしょう。あるときは「怒り」に住み、あるときは「喜び」に住んでいるような気がしています。いろいろな心の状態に住んでいるよ...
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2024年12月29日読了時間: 1分
82 ありのままに見たら真理を発見する
何の先入観もなく観察すると、自動的に真理を発見することになります。だって、何の先入観もないのだから。だからお釈迦様が「ありのまま」という単語を使ったのは、そういうことなのです。「ありのままに観ましょう。あってほしいままではなくて」と。仮説があったら「あってほしいまま」という...
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2024年12月28日読了時間: 1分
81 環境に左右されない心をつくる
心を育てる必要があるのです。「心を育てる」とは、「環境がいろいろ変わっても、心を良い状態で守る。保つ」ということです。それが、心を育てる修行になるのです。そういうわけで、仏教では修行はかならず必要なものであって、無料で天国行きの切符をもらうなどということはないのです。それで...
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2024年12月27日読了時間: 1分
80 人格のミラーボールをなめらかにする
我々の人格は多面体にたとえることができます。我々は、この世界からのデータに、どんなふうに反射するのかわからないあらゆる側面を 持っている多面体なのです。ミラーボールのように、ミラー自体が一個一個、デコボコしていて、どのように反射するかわかりません。情報が入ったら、瞬時に反射...
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2024年12月26日読了時間: 1分
79 耐え忍ぶという正道
この世で生きてみると、さまざまな出来事に遭遇しなくてはいけないのです。気に入る出来事も起きますが、気に入らない出来事のほうが多いのです。出来事が自分の気に入ったら、舞い上がって喜ぶ。気に入らないと、落ち込んで悩む。犯人はいずれも、おのれの自我という錯覚なのです。この自我の錯...
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2024年12月25日読了時間: 1分
78 正しい生きる方法がある
世の中のすべての現象は、因果法則によって現れ、消えてゆくものです。個人の希望はほとんど関係ないのです。地球の自転公転、天気の移り変わり、生まれた人が絶えず老いること、病にかかること、必ず死なねばならぬことなどは、個々の希望と期待をうかがって起こる現象ではありません。自然の流...
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2024年12月24日読了時間: 1分
77 最高の修行
私たちは人生がスムーズに流れてほしいと期待しています。問題やトラブルに遭遇することは嫌なのです。失敗も避けたいのです。そう願うことは常識的な希望であると思っています。本当にそうなのでしょうか? これは人々のわがままな希望なのです。自己中心的な考えです。この世で、物事は私たち...
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2024年12月23日読了時間: 1分
76 対話で真理に達するということ
もしかすると、仏教は自分の意見とはまったく違うことを言っていると感じるかもしれま せん。自分が責められたように感じたとか、侮辱されたと思ったとか、そういう気持ちが起きる可能性もあります。しかし、そのときは、「それは、自分の心に潜んでいるとんでもない勘違いがテロ行為を起こして...
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2024年12月22日読了時間: 2分
75 仏教が否定する「邪見」の正体
仏教が語る邪見は、「仏教だけが正しく、他宗教の教えは異端だ」という話ではありません。また、仏教以外の教えを信仰すると地獄に堕ちるという脅しでもありません。物事は原因によって現れます。その原因がなくなると消えます。これは因果法則です。ですから、いま現在の現象は、ある原因と条件...
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2024年12月21日読了時間: 2分
74 矛盾にぶつかったら解脱するべきという概念がわかる
お釈迦さまはあえて矛盾を入れてあげるんです。あえて矛盾を入れるのだと知っているから、命令調で「やるなかれ」とは言わないんです。ただ、「やってはならないんだよ」と戒めることで、本人にちょっと自由を与えてあげているんです。たとえ個人で肉・魚を食べないということにしたとしても、ジ...
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2024年12月20日読了時間: 2分
73 自力・他力の思考を捨てたところに道がある
自力・他力というのはものすごく差別的な思考で偏見ですよ。自力というのは自分だけでぜんぶやるという意味ですが、できるわけないでしょう? 無智で煩悩のどん底にいて右も左もわからない人が、どうやって自分で道を開くのでしょうか?...
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2024年12月19日読了時間: 1分
72 自分に理解しやすい教えが必ず見つかる
相手の悩み苦しみ問題点に応じて解決法を説き明かすのが、お釈迦様の教えです。それは当然分かり易いもので、我々一般の人間にもよく理解できます。お釈迦様の教えは今もたくさん残っていますが、それらを一つずつ探していくと、自分の性格に合っている、自分に理解しやすい教えが必ず見つかりま...
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2024年12月18日読了時間: 1分
71 自利か利他かという二者択一ではない
い よく質問されます。「大乗仏教では自分のことを置いておいて、人々を救うために修行すると言っていますが、それをどう思いますか?」と。私の答えは「そんな、自分のことを置いておいて人を救うなんていうことは、ちょっと成り立たないんだ」と。具体的に言えばこういうことです。自分が地獄...
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2024年12月17日読了時間: 1分
70 仏教は実行し、安らぎを経験する教え
一般仏教徒は、出家も在家も、朝、昼、晩のお経をあげたり、お供えをしたりという儀式的なことが大好きです。そしてやがて、仏教とはお経をあげたり、儀式を行なったりする宗教だと勘違いするまでに発展しました。ブッダの教えを日常生活の中で応用してみましょう。悩みなく苦しみなく生きられる...
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2024年12月16日読了時間: 1分
69 仏教は押しつけではない
お釈迦様は一方的に自分の教えを人に押しつけません。人に自分の人生について質問をする。相手が自分の経験で答える。本人が自分の問題の解決策を自分自身で発見するまで、問答の形式でガイドします。人は自分自身で出した答えが、ブッダが説く真理そのものであるとハッと気がつくのです。苦しみ...
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2024年12月15日読了時間: 1分
68 仏教を学ぶと心が柔軟になる
仏教は「生きる」ということを学ぶのですから、歳とはまったく関係ありませんよ。何歳であっても生きているのですからね。それこそ死ぬ瞬間まで、学びつづけることができます。仏教を学んでいくと、「自分には知らないことがたくさんあるんだな」ということがわかってきます。わかってくると、知...
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2024年12月14日読了時間: 1分
67 仏教は「生きることの科学」
仏教というと、ほとんどの人は「宗教」と思っていることでしょう。でも、仏教は「宗教」ではありません。いわば「生きることの科学」といったらいいでしょうか。ブッダは正しく「生きる」ことを伝えたのです。信仰ではありません。自らが実践して、たしかめて納得する道を伝えました。どんなひと...
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2024年12月13日読了時間: 1分
66 苦がなければ何一つ存在しない
なぜ、人工的な髪の毛が世の中にあるのかといったら、それも「苦があるから」なのです。もしもみんなが「禿げると、すっごく幸せだなあ」「禿げてやっと一人前になった」と喜ぶとしたら、かつらなどが世の中に現れるはずはありませんね。みんな若くありたいのです。年を取ることを認めたくないの...
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2024年12月12日読了時間: 1分
65 老いないようにとの期待こそが苦しみ
だいたいの人は、30、40、50歳ぐらいになってくると「年はとりたくない」などと思い始めます。しかし、本当は生まれた瞬間からずっと老いてきただけのことです。いまさら「年はとりたくない」と思っても、神様に頼んでも、「老いないでくれという、この期待は叶いませんよ」と、お釈迦様は...
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2024年12月11日読了時間: 1分
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