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札幌仏教塾
313 人を殺してはいけない理由
我々は簡単に「邪魔だから」という理由で他の生命を奪います。実は殺意が起こる瞬間、自分の心に自分を破壊するエネルギーが蓄積されるのです。簡単にいえば、他殺は自殺行為です。そのように、自分のしたことは、必ず結果となって自分に返ってきます。他の生命が活躍する場を奪ったら、その分だ...
sapporobukkyoujuku
2024年9月27日読了時間: 1分
312 皆が等しくただの生命
人は皆、「特別な存在」ではありません。特別な存在だと思いたくてたまらないのですが、違います。私も皆も、等しくただの生命です。どんな生命も同じ気持ちです。どんな生命でも自分が好きなのです。「私を殺すのは最悪。大嫌い」なのです。「私は死にたくはない」なら、「皆も死にたくはない」...
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2024年9月26日読了時間: 1分
311 病気になる心、ならない心
病気の人は、病気になる道を歩んでいるのです。わがままな心を慈悲の心に変えれば、それは一八〇度心を変えることですから、まったく違う道を歩くようになるでしょう。慈悲心の道を歩いているうちに、病気は自然に治っていきます。ですからわがままな心を慈悲の心に変えるということが、病人の一...
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2024年9月25日読了時間: 1分
310 本当の「与える」とは
ものを施すことがなぜ善行になるかというと、与えることでものに依存する性格、欲が減るからです。欲が減ると、心が一部きれいになり、智慧が現れてきます。すると、もっと心をきれいにするために、どうすればよいかということもわかるのです。施しでどこまで心がきれいになるのかという、リミッ...
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2024年9月24日読了時間: 1分
309 あらゆる命を慈しむべき理由
命というのは、お互いの協力によって成り立っています。我々が食べるものは何ですか? 肉を食べても魚を食べても野菜を食べても、かつてあった命を食べているのです。鉄分が必要だからと、鉄の塊を食べても、体に鉄分は吸収されません。鉄分を含んだ野菜やレバーなどを食べなければ栄養にはなら...
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2024年9月23日読了時間: 1分
308 執着とは勘違い
何もしないで、何も思考しないで、捏造(ねつぞう)しないで、ただ、見て、聞いて、感じているのです。そうすると、「ものごとは変化していくのだ。それだけじゃない、自分という感覚も変化しているのだ。なるほど、何のことはないのだ」と理解します。そこで、もう怒る必要はなくなります。すべ...
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2024年9月22日読了時間: 1分
307 自我を破るための努力をしよう
エゴを薄くするため、なくすために、他人のことを心配するなら、それは“大きなお世話”にはなりません。たとえばボランティア活動をする場合でも、苦しんでいる人々を助けてあげて、それによって自分もエゴをなくすのだとはっきりしているならば、大きなお世話のボランティアにはなりません。自...
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2024年9月21日読了時間: 1分
306 自分とは、大海の一滴
地球の四分の三ぐらいは海ですから、海というのはすごく大きいですね。しかし、どう見ても、一滴、一滴で海水でできています。「私」と思う自分は、その一滴の水のような存在です。たくさんの生命がいる中で、たった一つの生命として生きる「私」を海にたとえると、「一滴の海水として、海の中で...
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2024年9月20日読了時間: 2分
305 自我=保守主義
なぜ新しいアイデアが出ないかというと、自我があるからです。自我があるという錯覚に陥っているから、皆ワンパターンで決められた通り、教えられた通りのことをする保守主義になってしまうのです。自我というものは「変わらない」「定まっている」「決まっている」という意味だからです。無我と...
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2024年9月19日読了時間: 1分
304 自我がない生き方は自由自在
自我とはどっしりと重くて動かない硬い石か岩のようなもの。他方、自我がない生き方は、空気のようなもの。空気になったら、自由自在です。ですから、自我を探してはいけません。岩になりなさいということだからです。どっしり一カ所にとどまってしまうことになります。『一分で読むブッダの教え...
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2024年9月18日読了時間: 1分
303 「自我を持て」という言葉は間違い
自分というものがないと不安になるのは、自分では挑戦したくないとか、隠れていたいなどと、精神が腰抜けになっているからです。そういう人は自我の錯覚をつくって、そこにひっかかって、しがみついているのです。逆に自分がないということがわかると、自然と力が湧いてきて、すごく自由に生きら...
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2024年9月17日読了時間: 1分
302 自分探しとは何か
私たちは、ありもしない自我永遠不滅で絶対に変わらない魂という妄想概念にしがみついてはいけないのです。これが人間だと言える確固とした実体があるという先入見に寄りかかることなく、「自分という流れ」をしっかり管理して、自分にも他人にも役に立つ人間にならなければなりません。そのため...
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2024年9月16日読了時間: 1分
301 自我の錯覚の理解が幸福につながる
関係ない他人事なら、悩み苦しみがないのです。自分のこと、「私のもの」に関することなら、ひどい悩み苦しみになります。それをお釈迦様は、ぜんぶまとめておっしゃったのです。「すべての苦しみがたった一つの言葉、『私の』というところから生まれるのだ」と。 そうは言っても私のお父さんと...
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2024年9月15日読了時間: 1分
300 自我がわかるとありがたみがわかる
自我のしくみを理解すると、ものの見方が変わってくるはずです。誰もがみんなわがままであるのは当たり前のことだとわかります。そして不満に思っていた周囲に対しても「みんなわがままなはずなのに、いろいろと私に協力してくれるものだなあ」と思えるはずです。つまり、自我が錯覚だと、頭の中...
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2024年9月14日読了時間: 1分
299 ありのままを知って悟る
耳に絶えずなんらかの音が触れていますね。この本を読んでいる今も、何かしら聞こえているでしょう? その音だけを聞いてみてください。「あ、これは鳥のさえずりだ」「カラスの声だ」「子供が遊ぶ音だ」などという妄想はしないで、音だけ聞きます。そうすると、瞬間、瞬間、感情が変わること、...
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2024年9月13日読了時間: 1分
298 自分とは「蜃気楼」
「自分がいる」という実感から問題が起きた。お釈迦さまはその立場なんですね。だからわれわれ仏教では「自分がいる」ということは何なのか、そのシステムを分解してみるのです。分解してみると、それはひとつの概念であって、別に実体はないとわかるでしょう、と説明します。だから言葉のうえで...
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2024年9月12日読了時間: 1分
297 「私」という幻覚
何かを感じるたびに「私」「私」という幻覚が出てきて、その幻覚にすごく執着します。「私」こそ何よりも大事だ、と思います。「尊い魂がある」「かけがえのない自分」などと聞くと、嬉しくなります。これらは、我々の弱みから来ています。私たちは、生きている中で、ものごとが自分の意のままに...
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2024年9月11日読了時間: 1分
296 自我を捨てれば問題はなくなる
心というのは、わがままな大バカ者、手に負えない曲者(くせもの)です。エゴを守るためにあの手この手の言い訳を繰り出します。では、どうすればいいかというと、答えは「自我を捨てること」です。自我からすべての問題が生まれるのですから、それがなくなれば問題も消えます。自我を捨てるとい...
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2024年9月10日読了時間: 1分
295 「私」とは感覚をまとめるラベル
夫婦げんかをするのも「私」という意識があるからです。こちらに「私」があって、向こうにも別の「私」があるのです。親の亡くなった場面を考えても同じです。なぜ、親が死んだら悲しくなるのかというと、「私」の親が亡くなったからなんですね。悲しむからといって「『私』は優しい人間だ」とい...
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2024年9月9日読了時間: 1分
294 私が正しいと世界が敵になる
「我こそは正しい」ならば「世界が間違っている」ということになります。 それで、小さな「我」が世界全体を敵に回すことになって、限りのない苦しみの世界が現れてくるのです。そこは認識のバグが入っています。手術して治さなくてはいけないのです。手術とは修行のことです。だから、仏教の修...
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2024年9月8日読了時間: 1分
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