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札幌仏教塾
地水火風を観る瞑想の仕方
地水火風を観る瞑想の仕方 精密に言うと、地・水・火・風の四大元素とは、つち・みず・ひ・かぜ、というわけではないのです。物質が構成されているもとのエネルギーのことです。現代科学の言葉を借りると、素粒子の話になります。しかし人間の五感に頼った認識範囲では、素粒子の発見はできませ...
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2025年7月4日読了時間: 2分
比丘は身において身を観つづけて住むのです
比丘は身において身を観つづけて住むのです 自分の身体であっても他人の身体であっても同じことなのです。なぜ地の要素が生まれるか、なぜ火の要素が生まれるかというようなことも観察する。どのように消えていくかということも観てみる。そこで「あ、これぐらいなのだ」ということが分かるの...
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2025年7月3日読了時間: 1分
生命には地水火風しかない
生命には地水火風しかない そこで、この身体に硬い、地の要素がある。流れる液体的な要素がある。それから熱という要素がある。それから空気という要素がある。どうみても、その四つの要素でこの身体ができているのです。身体のなかには熱があって、また空気も色んなところに入っている。それぐ...
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2025年7月2日読了時間: 1分
四大要素
四大要素 これは「要素に分けて観る」という瞑想です。要素とは地・水・火・風です。存在する全てのものはもうそれ以上、縮めることはできない。 Pathavīdhātu 地の要素は「硬いもの」、āpodhātu 水の要素は「流れるもの」、tejodhātu...
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2025年7月1日読了時間: 2分
要素観察の部Dhātumanasikārapabbaṃ
要素観察の部Dhātumanasikārapabbaṃ 身の随観の五番目は、「地水火風」という四大要素を観察する仕方を紹介します。地・水・火・風の観察 7 ‘‘Puna caparaṃ, bhikkhave, bhikkhu imameva kāyaṃ...
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2025年6月30日読了時間: 1分
逆さまに観ることが「正しく観る」こと
逆さまに観ることが「正しく観る」こと これは不浄観というものではなく、まさに「厭逆観察」なのです。この漢字は「逆に観る」ということで、不浄観と書くよりはきちんと意味が通っています。逆さまにして観ることは、本当は「正しく観る」ことなのです。正しく観るとこんなものだ、ということ...
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2025年6月29日読了時間: 1分
生命の身体を部品化して観る
生命の身体を部品化して観る 不思議なことに、蛙の肺も同じように肺なのです。学校で解剖すると、蛙の心臓もただ小さいだけで、かなりの勢いで鼓動しているのが分かるでしょう。人間と比べたらスケールが小さいだけ。そういうふうに自分の身体も、他人の身体も、同じものでしかない、と分かった...
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2025年6月28日読了時間: 2分
今日は品物が入りました
今日は品物が入りました 昔から伝わるいくつかのストーリーがあります。お金持ちは死体を火葬しますけど、お金がない人はそのまま、土の上に置いておく場合があるのです。それで墓守がお坊さん達に「今日は品物が入りましたよ」と連絡する。そのお坊さんが死体を二、三週間観て瞑想したいと言っ...
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2025年6月27日読了時間: 1分
寺に墓はないが墓番とは仲が良い
寺に墓はないが墓番とは仲が良い 当時、インドではいとも簡単に遺体が見られました。人が死んだら、遺体を森に持って行って捨ててしまうという習慣もありました。仏教のお坊さんは、人の住まない森のなかでも生活していたので、墓場(遺体捨場)に行って解剖して観てみることもできたのです。 ...
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2025年6月26日読了時間: 2分
食べものの種類
食べものの種類 食べものはどれぐらいの種類に分けられるでしょうか。考えたこともないでしょう。三種類なのです。動物(肉・魚)、植物(野菜・穀物)、それから乳製品。人間が食べるのはその三種類。智慧の立場から見れば、それぐらいに分けてみればいいことなのです。そこで幻覚を破りたけれ...
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2025年6月25日読了時間: 1分
死体を観る瞑想は仏教だけのもの
死体を観る瞑想は仏教だけのもの 自分の身体の三十一の部分を全部観ることは不可能ですが、客観的に観ることができるものは観てほしい。観られる部分はいくらでもあります。自分の鼻水とか、自分の尿とか、大便とか、観察できます。それらは決してきれいなものではない。愛着が生まれるものでは...
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2025年6月24日読了時間: 2分
出家儀式は次のように行う
出家儀式は次のように行う 出家儀式の最初に、頭を剃らなければいけないのです。出家希望者が、「出家をお願いします」と頼むと、師匠のお坊さんが髪の毛を切る。一部を切って「これを持ちなさい」と手に持たせてあげる。これから捨てる髪の毛を手に持ってジーッと観なければいけない。ぜんぶ剃...
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2025年6月23日読了時間: 1分
不浄観は欠かせない修行です
不浄観は欠かせない修行です ここでは疑問が生じると思います。どのようにして、自分の腎臓・心臓・肺臓・肝臓・腸・胃物などを観察するのか、という問題です。当然これは無理です。しかし無理だからやらなくてもいい、ということにはなりません。自分の髪の毛、身体の毛、爪、歯などの観察はで...
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2025年6月22日読了時間: 2分
不浄の観察の仕方
不浄の観察の仕方は、それで終わります。次に、他の身を観察する瞑想も、同じやり方で瞑想を続けるのです。内の身体を観察する(自分の身体)、外の身体を観察する(他人の身体)、自分と他人という区別なく一般的な立場で身体を観察する。それから、身体が生起すること、消えていくことを観察す...
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2025年6月21日読了時間: 1分
ものごとを「観る」
ものごとを「観る」 両方に口のある袋が、種々の穀物に満ちているのを観察するように身体のなかを観たら、この肉体を構成している三十一種類の不浄が簡単に見られます。ヴィパッサナー瞑想の場合は、ものごとを「観る」だけです。観るものについて、考察したり、議論したりする必要はありません...
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2025年6月20日読了時間: 1分
例えで説明
両方に口のある袋 ‘‘Seyyathāpi, bhikkhave, ubhatomukhā putoḷi pūrā nānāvihitassa dhaññassa, seyyathidaṃ –sālīnaṃ vīhīnaṃ muggānaṃ māsānaṃ tilānaṃ...
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2025年6月19日読了時間: 2分
身体に好き嫌いは成り立たない
身体に好き嫌いは成り立たない 皆さん、身体を分解して部品単位で観たら、身体がきれいなものだとは思わない。がっかりするのです。そのときは美人もブスも存在しないから。そういう目で見ると、皆同じことです。それで私はこの人のことをすごく好きだとか、この人のことをすごく嫌いだとか言っ...
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2025年6月18日読了時間: 1分
固体と液体に分けて見る
固体と液体に分けて見る 身体を分解して部品単位でみてみるのですが、それを医学的にキメ細かくやる必要はない。「観たらこんなものがありますよ」というくらいです。 胃、大腸、小腸と口から下までセットにして、antaṃ という一言で、食べものが流れる臓器をまとめています。それから腸...
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2025年6月17日読了時間: 1分
お釈迦様の三十二の分け方
お釈迦様の三十二の分け方 不浄随観という瞑想の場合は、身体を三十二の不浄に分けるのが普通です。その場合は、身体を三十一に分けるリストの三十一種類に脳みそも入れるのです。 ヴィパッサナー実践の一環として不浄随観を説明するときは、三十一種類の不浄になります。このリストは別に医学...
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2025年6月16日読了時間: 1分
身体を三十一に分ける
身体を三十一に分けるリスト ‘atthi imasmiṃ kāye kesā lomā nakhā dantā taco maṃsaṃ nahāru aṭṭhi aṭṭhimiñjaṃ vakkaṃ hadayaṃ yakanaṃ kilomakaṃ pihakaṃ...
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2025年6月15日読了時間: 1分
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