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札幌仏教塾
現象が生まれては消える
現象が生まれては消える 瞬間瞬間の現象を認識することで、脳は精一杯です。言葉を探す暇さえもありません。そこで正直な修行者の心が、まんべんなくすべての現象を確認しようとして、ある方法を発見します。さまざまな現象を、長い期間をかけて確認してきたので、新たに確認するべき新たな現象...
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10月3日読了時間: 1分
観智:② 生滅智は現象の生滅を観る
観智:② 生滅智は現象の生滅を観る 二番目のステージは、udayabbaya-ñāṇa 生滅智です。思惟智に達した人が、次に生滅智に達するのです。智慧は順番に起こるものであると理解してください。身体に起こる動き・感覚、心のはたらき、感情の波など、なんであろうとも確認しようと...
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10月2日読了時間: 1分
客観性を育てるプログラム
客観性を育てるプログラム 客観性に達する実践、解脱に達する実践、それがヴィパッサナー実践になります。 歩く、立つ、座る、などの行為を確認しながらおこなう。判断はしない。身体の感覚も、心のはたらきも、そのまま確認するだけにする。それは生きる上で、現実的に何が起きているのか、客...
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10月1日読了時間: 1分
生命の善友
生命の善友 すべての生命は、主観で生きるように、主観で判断するようにプログラムされているので、主観性を破って客観性に達したいと思うならば、お釈迦様の助言が欠かせないことになります。お釈迦様は自分のことを「生命の善友である」と説かれたのです。我々の「主」ではありません。我々の...
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9月30日読了時間: 2分
善友に会えば仏道は完成
善友に会えば仏道は完成 人間は主観で生きるようにプログラムされています。自分の判断はいつでも正しいと思っています。あるとき結果が出たら、判断が間違っていたことに気づきます。しかし、後の祭りです。自分の判断が正しいか否かは、自分では分からないものです。誰も間違った判断をしよう...
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9月29日読了時間: 1分
自分の客観性を試す
自分の客観性を試す 日常生活でおこなえる宿題を一つ紹介します。あえて客観的になろうと無理をする前に、自分がどんな人間か、発見してみます。一日中、自分の行動や判断を調べて、それを① 主観的な判断、② 客観的な判断、という二つのカテゴリーに入れてみるのです。「どれぐらいの時間...
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9月28日読了時間: 2分
客観性を育てるために修行が必要
客観性を育てるために修行が必要 多数の意見をまとめて一つの意見にしても、それも客観的な意見だとは言い切れません。多数の意見はもともと、主観に汚染されていたので、まとめられた意見も主観に汚染されているからです。 このような状況に我々は生きているので、常に心の中で「疑」に悩まさ...
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9月27日読了時間: 1分
意見とは、無数
意見とは、無数 世の中でも、客観性を大事にしていますが、精密に行っているとは言えません。感情も必要だと思っているのです。芸術は感情の世界です。科学の世界ではありません。歴史などの知識も、客観的にデータを調べてつくらなくてはいけないのですが、歴史を研究する人々は、充分なデータ...
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9月26日読了時間: 1分
主観をやめ、客観を育てる
主観をやめ、客観を育てる 思惟智とは、ヴィパッサナー実践をする人に最初に現れる智慧です。思惟智とはどういうものか、さらに説明したいと思います。 世の中の人々は、ものごとを主観で判断して生きているのです。「主観で判断して生きている」とはどういうことかといえば、貪瞋痴などの感情...
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9月25日読了時間: 1分
解脱を狙い撃ちにする実践方法
解脱を狙い撃ちにする実践方法 先にサマタ瞑想をおこなって集中力を上げたならば、観察実践がやりやすくなる可能性があります。しかしサマタ瞑想の経験が、かならず智慧に繋がるという保証はありません。サマタ瞑想の喜悦感に執着してしまって、解脱への興味を失う恐れもあります。 ヴィパッサ...
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9月24日読了時間: 1分
観智:①思惟智は客観智
観智:①思惟智は客観智 一番目はsammasana-ñāṇa 思惟智です。Sammasana とはobservation(観察)という意味です。分かりやすく言えば、よく調べてみることです。調べてみる能力が身についたならば、思惟智に達したと言えます。...
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9月23日読了時間: 1分
出世間レベルの智慧
出世間レベルの智慧 出世間レベルの智慧は、それより上です。出世間レベルの智慧とは、解脱を引き起こす、涅槃を経験させる、執着を捨てられるようになる智慧のことです。この超越した智慧に達するためには、ヴィパッサナー瞑想という観察の実践が欠かせません。解脱を目指して観察実践する修行...
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9月22日読了時間: 1分
俗世間的なレベルの智慧
俗世間的なレベルの智慧 俗世間のレベルで説明するならば、智慧とは理性があることです。主観的に、感情的に、ものごとを判断しないで、客観的に判断することです。これも難しいと思われる方々は、仏法に頼ることになります。仏法を学ぶのです。お釈迦様がさまざまな方法で、さまざまな喩え話を...
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9月21日読了時間: 1分
観察で得られる智慧
観察で得られる智慧 これから智慧の説明に入ります。ヴィパッサナー実践とは、ありのままにものごとを観察することです。この観察作業が着々と進むときは、智慧が現れるのです。 智慧という言葉なしに、仏教は語れません。他の宗教では信仰が欠かせない条件になっているのと同様に、仏教の場合...
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9月20日読了時間: 1分
無常随念・苦随念・無我随念
無常随念・苦随念・無我随念 瞑想を始める前に集中力があった方がよい性格の人々もいます。落ち着かない性格、とりとめのない妄想に引っかかってしまう性格の方々は、最初はサマタ瞑想で落ち着いた方がよいです。しかし、その人々の中で、理性的な切迫感を感じる人である場合はどうすればよいの...
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9月19日読了時間: 2分
仏教の伝統的なやり方
仏教の伝統的なやり方 サマタ瞑想を先に実践して集中力を育ててから、智慧を開発するヴィパッサナーへ進みたいと思う人々もいます。これは仏教の伝統的なやり方でもあります。しかしサマタ瞑想には、結構時間を費やすものです。どれぐらい時間がかかるのかは、分かりません。出家した人々は、毎...
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9月18日読了時間: 1分
随念と随観
随念と随観 随念と随観というのは、二つの瞑想のやり方です。何か決まっている言葉を念じながら、一つの対象に集中してみることが随念anussatiです。サマタ瞑想の仕方です。また、決まっている言葉はなく、その都度その都度、現れる現象に気づいて、適切な言葉をかけて集中することが随...
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9月17日読了時間: 1分
我々現代人は、強く洗脳されている
我々現代人は、強く洗脳されている 三相の説明を読むと、その実践はそれほど難しくはない、誰にでも実践できるということにも気づくはずです。それでも、観察瞑想が進んで解脱に達することは、今現在、難しくなっています。それは実践方法の問題ではありません。我々現代人は、強く洗脳されてい...
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9月16日読了時間: 1分
三相のいずれを選ぶのか
三相のいずれを選ぶのか 無常・苦・無我という三相の真理について、「では、三つのうち、私の場合、どれを観察対象にしようか」などと自分で選ぶ必要はありません。『念処経』で説かれているように、生きることに気づけば充分です。釈尊が説かれたように、先入観・固定概念・主観を捨てて観察す...
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9月15日読了時間: 1分
三相:③ 無我相anatta-lakkhaṇa
三相:③ 無我相anatta-lakkhaṇa お釈迦様は、皆と違ったアプローチをされました。当時でも、修行する人々は、誰でもまずは「魂がある」と信じなくてはいけなかったのですが、お釈迦様はそれをやめたのです。まずは「魂がある」という前提が成り立つのか、正しいのかと調べた...
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9月14日読了時間: 2分
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