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札幌仏教塾
詳細な威儀の観察
詳細な威儀の観察 身体の動きは行住坐臥ですが、それ以外の細かい動きもあります。身体を傾けたり、回ったり、振ったりもするのです。かがんで物を取ったり置いたりします。手を動かして料理の材料を切ったり洗ったり、手を上げたり下げたり、引き出しを引いて開けたり押して閉めたりします。こ...
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2025年5月22日読了時間: 1分
苦行とヨーガ
苦行とヨーガ 苦行まがいの修行はいりません。当時インドでは、身体を戒めれば心の汚れがなくなると思っていた修行者たちもいました。彼らは身体を対象にした瞑想として、苦行を推薦したのです。仏教では不自然な、極端的な苦行には反対です。お釈迦様は、人が四六時中行なっている行住坐臥に気...
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2025年5月21日読了時間: 1分
威儀の観察の仕方
威儀の観察の仕方 呼吸瞑想が終わったところで、次に身体を対象にして瞑想するもう一つの方法が説明されます。また比丘らよ、比丘がgacchanto vā 歩くときは、gacchāmī’ti 歩いていますと、pajānāti 知ります、確認しておきます。ṭhito...
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2025年5月20日読了時間: 2分
身体の観察はこのようにもできます
身体の観察はこのようにもできます Evampi kho, bhikkhave, bhikkhu kāye kāyānupassī viharati.このように、比丘たちよ、比丘は身において身を観つづけて住むのです。 身体の観察はこのようにも(evampi)できます。つまり、...
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2025年5月19日読了時間: 1分
智慧に執着しない
智慧に執着しない Atthi kāyo’ti vā panassa sati paccupaṭṭhitā hoti. Yāvadeva ñāṇamattāya paṭissatimattāya anissito ca viharati, na ca kiñci loke...
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2025年5月18日読了時間: 2分
現象は現れては消える
現象は現れては消える Samudayadhammānupassī vā kāyasmiṃ viharati, vayadhammānupassī vā kāyasmiṃ viharati, samudayavayadhammānupassī vā kāyasmiṃ...
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2025年5月17日読了時間: 1分
受動的観察と能動的観察
受動的観察と能動的観察 Iti ajjhattaṃ vā kāye kāyānupassī viharati, bahiddhā vā kāye kāyānupassī viharati, ajjhattabahiddhā vā kāye kāyānupassī...
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2025年5月16日読了時間: 1分
呼吸観察の仕方
呼吸観察の仕方 Seyyathāpi, bhikkhave, dakkho bhamakāro vā bhamakārantevāsī vā dīghaṃ vā añchanto ‘dīghaṃ añchāmī’ti pajānāti, rassaṃ vā añchanto...
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2025年5月15日読了時間: 2分
身体を落ち着けて呼吸をはっきり理解する
身体を落ち着けて呼吸をはっきり理解する 呼吸の観察によって身体全体を感じる能力が充分に育ったところで、次のステージがあります。 Passambhayaṃ kāyasaṅkhāraṃ assasissāmī’ti sikkhati, ‘passambhayaṃ...
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2025年5月14日読了時間: 1分
自然のままで
自然のままで 身体全体で、吸っています、吐いています、吸っています、吐いています、ということが感じられるようになります。「あ、いま長く吸っています」というと、身体全体で長く吸っていることを感じている。「あ、いま長く吐いています」というと、身体全体で長く吐いている、そのエネル...
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2025年5月13日読了時間: 1分
ヴィパッサナー瞑想における呼吸の観方
ヴィパッサナー瞑想における呼吸の観方 この経典で説いているのは、samādhi 瞑想ではなくて、vipassanā(ヴィパッサナー)瞑想の世界です。私は自分の意見として、普通の常識的な読みとして、「身体全体」でいいのではないかと思っています。ですから、「長く吸っています」と...
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2025年5月12日読了時間: 1分
呼吸そのものが身体
呼吸そのものが身体 身体全体と言う場合、ブッダゴーサ(Buddhaghosa)長老の〔大念処経の〕註釈では、「呼吸そのものが身体」と解釈します。すると、呼吸を全部観なさいという意味になりますが、何かちょっと納得いかない。一般的に「身体全体」ということでいいのではないか、とも...
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2025年5月11日読了時間: 1分
身体全体を感じる呼吸
身体全体を感じる呼吸 Sabbakāyapaṭisaṃvedī assasissāmī’ti sikkhati, ‘sabbakāyapaṭisaṃvedī passasissāmī’ti sikkhati,〈私は全身を感知して入息しよう〉と学び、〈私は全身を感知して出息し...
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2025年5月10日読了時間: 1分
身体の仕事に気づいておく
身体の仕事に気づいておく Dīghaṃvā assasanto ‘dīghaṃ assasāmī’ti pajānāti, dīghaṃ vā passasanto ‘dīghaṃ passasāmī’ti pajānāti,長く入息するときは〈私は長く入息する〉と知ります...
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2025年5月9日読了時間: 1分
まず呼吸の感覚をよく感じ取る
まず呼吸の感覚をよく感じ取る 呼吸とは、意識的にも無意識的にもできるものです。自律神経系だけではなく、体性神経系(感覚神経と運動神経)でもできるものです。ヴィパッサナー瞑想の場合は、呼吸という身体のはたらきが起こるときも、感覚に気づくのです。それを明確に行なうために、最初は...
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2025年5月8日読了時間: 1分
「自然な呼吸」の観察
「自然な呼吸」の観察 So satova assasati, satova passasati.かれは、念をそなえて入息し、念をそなえて出息します。 その人はsato 気づきがあって、感じながら・気づきながらassasati 吸います、sato...
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2025年5月7日読了時間: 1分
身体の前面
身体の前面 呼吸は身体の前面に起こるはたらきです。ですから身体全体の前面を感じて、呼吸の観察を始めるのです。鼻の先に集中することになると、サマーディの呼吸瞑想になります。たいした違いはないでしょう、と思われるかもしれません。しかし、とてつもない違いなのです。前面に集中して観...
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2025年5月6日読了時間: 1分
集中力(気づき)を前面に置く
集中力(気づき)を前面に置く 正しく坐って身体はまっすぐにしてから、集中力(気づき)を前面に置く(parimukhaṃ satiṃ)のです。註釈書には、鼻の先に集中することだと記してあります。鼻が長い人は鼻の先、鼻が短い人の場合は空気が上唇に触れるので、そちらに集中するので...
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2025年5月5日読了時間: 1分
椅子は禁止でしょうか
椅子は禁止でしょうか 椅子に坐るなかれとは、どこにも書いてありません。『清浄道論』では、呼吸瞑想を紹介するところで、腰掛けを使って坐りなさい、とあります。腰掛けとは、椅子のことです。なぜ経典から逸脱したのかとよく分かりませんが、その考えにも理由があります。清浄道論にあるのは...
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2025年5月4日読了時間: 1分
足を組んで坐る
足を組んで坐る 呼吸瞑想するときは、足を組むことは文化的な習慣でもないような気がします。足を組んで坐る人は、坐るためには自分の身体の力を使わなくてはいけないのです。身体の筋肉と神経が仕事をしなくてはいけないのです。ということは、ある程度で身体が活動状態なのです。足を組んで坐...
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2025年5月3日読了時間: 1分
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