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札幌仏教塾
集中力と楽しみの関係
集中力と楽しみの関係 世間話になりますが、集中力と楽しみの関係を理解したほうが役に立つと思います。人生を楽しみたいと、皆思っています。しかし楽しみとは何かと分かっていないのです。それなら楽しみを得られません。旅に出たいと思っても、行き先が全く決まらない場合は、旅に出られない...
sapporobukkyoujuku
6月2日読了時間: 1分
智慧が開発する正しい集中力
智慧が開発する正しい集中力 俗世間でも、集中力を楽しむケースは色々あります。ゲームをやったり、映画を観たり、音楽を聴いたり、面白い本を読んだりすると、楽しいでしょう。あの楽しみは、他のことを忘れて「いま」やっていることに集中するから起こるのです。ゲームなんかはバカバカしいカ...
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6月1日読了時間: 1分
よく気づくとは「脳細胞を全部使う」こと
よく気づくとは「脳細胞を全部使う」こと 経典で教えられているように行なうためには、高度な集中力が必要になります。逆に言えば、実践しようとすると高度な集中力がそなわるのです。高度な集中力は智慧が起こるきっかけになります。正知の実践のために、休みなく頭をはたらかすことになるの...
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5月31日読了時間: 1分
ちゃんと気づいている
ちゃんと気づいている 次のセクションは、正知の部と訳されています。ここでも身体の瞑想が説明されます。Abhikkante というのは前に進むということ。Paṭikkante というのは後にさがること。この場合はsampajānakārī...
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5月30日読了時間: 1分
正知の部 Sampajānapabbaṃ
5 ‘‘Puna caparaṃ, bhikkhave, bhikkhu abhikkante paṭikkante sampajānakārī hoti, ālokite vilokite sampajānakārī hoti, samiñjite pasārite...
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5月30日読了時間: 2分
適度の智慧
適度の智慧 威儀を観察すると、適度の智慧(ñāṇamattāya)が現れます。この智慧によって、適度の気づきが確立する(paṭissatimattāya)のです。感情・煩悩の衝動で生きてきた人生が変わります。生きることと気づきが不可分状態になるのです。「生きることが気づきそ...
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5月29日読了時間: 1分
三つの側面
三つの側面 内・外・内と外という三つの側面から観察ができたら、atthi kāyo 身体があるのみ、という気づきが生じます。ここで誤解に陥ってはならないのです。この瞑想で身体(kāyo)というのは、行住坐臥とその他の威儀のことです。いわゆる普遍的に、いかなる生命にも起こる威...
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5月28日読了時間: 1分
気づきから智慧が起こる
気づきから智慧が起こる ものごとを内から・外から・内と外からという三つの立場から観るのは、仏教の観察の仕方です。何一つも「私だけに限った現象」はありません。「私」とは、唯一特定の存在ではありません。生きているという、大自然のはたらきそのものなのです。別な例えを言います。海と...
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5月27日読了時間: 1分
新たな現象を観察する
新たな現象を観察する 次のレッスンがあります。それは各威儀がどのように起こるのかと観察することです。坐っている人が立つと思いましょう。完全に立つまでは、坐った姿から様々な変化が起き続けます。完全に立ってから、その姿勢を変化しながら続けるのです。次から次へと生じ続ける、新たな...
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5月26日読了時間: 1分
外から、内から観る
外から、内から観る自分の身体の威儀を観察することです。それが「外の身体を観る」です。次に、身体のなかから観察してみれば良いと思います。歩いたり坐ったりすると、外から見える変化だけではなく、身体のなかにも様々な変化が起こるのです。坐ったり歩いたりという威儀を行なっている人が、...
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5月25日読了時間: 1分
まず物理的な肉体の動きを確認
まず物理的な肉体の動きを確認 修行とは真剣に行なうもので、気楽に他の人々が歩いたり坐ったりしていることを観察したところで、心が清らかになるのかと疑問をいだくこともできます。しかし、無数の生命の威儀を観察し続けると、「生きているとは行住坐臥とその他の細かい動きのみだ」と発見す...
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5月24日読了時間: 1分
瞑想のステップ
瞑想のステップ 行住坐臥などの身体の威儀を観察する瞑想に、他の瞑想と同じ次のステップがあります。それは一、ajjhattaṃ vā kāye 自分の身体について、内なる身体について、身体の威儀に沿って観ながら、確認をしながら生活することです。二、bahiddhā vā...
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5月23日読了時間: 1分
詳細な威儀の観察
詳細な威儀の観察 身体の動きは行住坐臥ですが、それ以外の細かい動きもあります。身体を傾けたり、回ったり、振ったりもするのです。かがんで物を取ったり置いたりします。手を動かして料理の材料を切ったり洗ったり、手を上げたり下げたり、引き出しを引いて開けたり押して閉めたりします。こ...
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5月22日読了時間: 1分
苦行とヨーガ
苦行とヨーガ 苦行まがいの修行はいりません。当時インドでは、身体を戒めれば心の汚れがなくなると思っていた修行者たちもいました。彼らは身体を対象にした瞑想として、苦行を推薦したのです。仏教では不自然な、極端的な苦行には反対です。お釈迦様は、人が四六時中行なっている行住坐臥に気...
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5月21日読了時間: 1分
威儀の観察の仕方
威儀の観察の仕方 呼吸瞑想が終わったところで、次に身体を対象にして瞑想するもう一つの方法が説明されます。また比丘らよ、比丘がgacchanto vā 歩くときは、gacchāmī’ti 歩いていますと、pajānāti 知ります、確認しておきます。ṭhito...
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5月20日読了時間: 2分
身体の観察はこのようにもできます
身体の観察はこのようにもできます Evampi kho, bhikkhave, bhikkhu kāye kāyānupassī viharati.このように、比丘たちよ、比丘は身において身を観つづけて住むのです。 身体の観察はこのようにも(evampi)できます。つまり、...
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5月19日読了時間: 1分
智慧に執着しない
智慧に執着しない Atthi kāyo’ti vā panassa sati paccupaṭṭhitā hoti. Yāvadeva ñāṇamattāya paṭissatimattāya anissito ca viharati, na ca kiñci loke...
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5月18日読了時間: 2分
現象は現れては消える
現象は現れては消える Samudayadhammānupassī vā kāyasmiṃ viharati, vayadhammānupassī vā kāyasmiṃ viharati, samudayavayadhammānupassī vā kāyasmiṃ...
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5月17日読了時間: 1分
受動的観察と能動的観察
受動的観察と能動的観察 Iti ajjhattaṃ vā kāye kāyānupassī viharati, bahiddhā vā kāye kāyānupassī viharati, ajjhattabahiddhā vā kāye kāyānupassī...
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5月16日読了時間: 1分
呼吸観察の仕方
呼吸観察の仕方 Seyyathāpi, bhikkhave, dakkho bhamakāro vā bhamakārantevāsī vā dīghaṃ vā añchanto ‘dīghaṃ añchāmī’ti pajānāti, rassaṃ vā añchanto...
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5月15日読了時間: 2分
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